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人の真価は深化によって計る

ここ二日間、お盆で息子二人を伴い実家に帰省していました。やることと言えばお墓参りぐらいなものですが、やはり日本人として先祖を偲び感謝する日としてしっかりこの務めは果たしていきたいと思うのです。これも年齢を重ねたことと関係しているのでしょうか?

昨晩は東京から帰鹿していた同級生より連絡があり、急遽地元に残っているメンバーを含めて4人で酒を酌み交わしました。その友人とは15年ぶりの再会です。と言っても15年前は私の父の葬儀の席で会っただけですから、本格的に話し込んだのは高校卒業時以来です。お陰で話も盛り上がり、12時前まで飲んでいました。

自分自身を含めてそうですが、小学校、中学校時代の相手の「人間性」というものはほとんどわかりません。ただウマが合う、合わないとか、勉強ができたできなかったぐらいのことしか印象がなくて、どのような考え方をしていたかなどはほとんどわかりません。

それが、久し振りに会って酒を酌み交わし話をするにつれ、初めてその人間性を垣間見ることができ、「え~こんな性格の人だったのか」「意外といい奴だなあ~」などと改めてその人間性に触れられました。

私の印象は他の3人からすると

「子供の頃は大人しくて無口だったのに、こんなにしゃべるとは意外だ…」

というものでした。私自身は何ら変わってはいないと思うのですが、他人から見るとそう思えるのでしょう。やはり人間の本当の中身、人間性は時を経て、付き合いを深めてこそわかるものなのでしょう。実は、私はそれを痛切に感じたことがあります。

私の実家の近くに住んでいた父の友人がよく私の家を訪ねてきてくれていました。父とは1歳ちがいで幼なじみで兄弟のように付き合っていました。時々けんかをしては疎遠になったり、またくっついたりと。

後でわかったことですがその叔父さんは病気が原因で言葉がちょっと不自由でした。時々聞き取れないこともあり、しかも声がやたらと大きかったので子供ながらにちょっと知恵遅れなのかな?などと思っていたのです。

ところが、こちらが大人になり子供を持つ身になってその叔父さんの話を聞いているうちに、何と洞察力が深く、物事の本質を見る頭のいい叔父さんなんだということに気づかされるのです。それをわかったのが私が40歳になる手前ぐらいだったと思います。

その間、私はその叔父さんに失礼な言動、態度を結構取っていたように思います。それにも関わらず、何一ついやな顔をせず応対してくれていたその人間力の深さに恥ずかしい思いとともに、今では申し訳なかったという気持ちでいっぱいです。

その叔父さんも16年前に他界し、その一年後に私の父も後を追うようにあの世に旅立ちました。亡くなった年齢も同じ68歳です。今頃は向こうの世界でまた楽しく二人で語り合い、時々けんかもしながら酒を酌み交わしていることでしょう。


人間の本当の魅力、真価は深化した関係にならないとわからない


ものです。それを今回の幼なじみとの再会を通じて思うことでした。
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by yongenso | 2010-08-15 18:41 | 四元重美ブログ