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PDCAの新しい形

久し振りの投稿です。

私の学ぶ経営者の会で興味深い話を聞きました。

『7:2:1の法則』というものです。これは人間の学びの共通したパターンらしいのですが、その図式はこうです。

「7」…自らの体験を通して得た知識やノウハウ

「2」…他人のやり方や考え方を参考にして、自らのやり方を変えていくこと

「1」…本やネットから学ぶこと

それを今後は「5:4:1」くらいの比率に変えることが自己成長への近道ではないかという論理。自分一人で何もかも覚え、実験し、検証していくのは時間もかかるし、果たしてそれが正しい選択だったのか疑わしい。

もちろん、他人のやり方が正しいとは限らないし、ましてやこの世の中に「正しい」「正しくない」というモノサシが明確にあるわけではない。だから、他人のやり方が当てはまらないこともあるでしょう。


しかし、その人が実際自分で試行錯誤し、良かった面、まずかった面をしっかり検証して披露されたものならば、まずは自分に活かせないか、考えてみる必要がある。自分に代わって実験をしてくれたのであるからこんなにありがたいことはない。

そんな観点からして、私の所属する会のグループ討論という仕組みはよくできていると思う。自らの体験談を語ることによって、自分ではたいしたことはないと思っていても、ほかの参加者にしてみればアイデアの宝庫だったりする。

そういう訳で私も「人のふり見てわがふり直せ」を実践すべく、今日あるコンサルタント(本人はコンサルタントと名乗るのは性に合わないといっていたが…)と昼ご飯を共にしました。先日のフェイスブック交流会でお会いした方なのですが、その方のビジネスモデルがどうも気に掛かりもう一度会いたいと思っていたのです。


その人は「営業のプロ」で、特定の業界向けに企業の営業代行やセミナー講師、社員教育、集客サポートなどを行っており、自らがその業界にいたときの実績やノウハウなどの成功体験をパッケージにして売っているようです。現在は、県内はもとより九州および遠くは関東まで仕事で飛び回っているとか。

今日、お昼を共にしたことでゆっくり話を聞くことができ、また私自身のビジョンも聞いていただいたお蔭で課題が少し明確になってきました。


後は、PDCAサイクル(Plan→Do→Check→Action)を果てしなく繰り返すのみだが、これに新しい形として「Reference(参考)」を付け加えたい。


PDCAR

です。私自身、「人のフリ見てわがフリ直せ」の精神を4割に伸ばすためにも、できうる限り修行道場ならぬ会で切磋琢磨することを心掛けていきたいと思います。
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by yongenso | 2012-06-12 15:55 | 四元重美ブログ

議員を先生と呼ぶべからず

先般鹿児島市議会議員選挙が行われ50の議席が確定した。自民党が堅調だった一方、民主党には逆風が吹き荒れ、勢力が4割減という厳しい結果に。明るい話題としては新人が9名当選したこと。この新人が今後どのような活躍をしてくれるか楽しみだ。


今回、議会改革を唱えて闘った現職・新人がいたが、我われ有権者の側にもその真意をしっかり見極める義務がある。県都鹿児島市の議会改革の一つに定数削減がある。この問題は昨年9月に議員提案されたが、反対多数で否決された。

しかし、である。イザ選挙戦が始まると当初反対した議員の中には削減を堂々と謳っていた候補者もいた。盗人猛々しいとはこのことだ。こうした一つ一つの行いをわれわれ有権者はじっくり見ていかなくてはいけない。

さて、今日の私の提言。


議員を先生と呼ばない運動


だ。議員は住民の願いを聞いて政治に反映させる代弁者であって先生ではない。私なりの先生の定義は「教える人、指導する立場の人」だ。そう考えたらどうも議員は「先生」ではないような気がする。

ではなぜ議員を「先生」と呼んではいけないのか?

それは、いつしか

当人から「謙虚さ」を奪い取ってしまう

からだ。新人、あるいは若い頃はこの麻薬みたいな言葉をかけられても、厳しく自分を律していこうという気概がある。しかし、ベテランになればなるほど、先生ゆえに知らないことも知っているように振る舞わざるを得ないし、ペコペコ頭を下げると威厳が失われてしまう感覚に捉われてしまう。

では、何と呼ぶか?「●●さん」、もしくは「●●議員」、役職に就いているとすれば「●●委員」でもよい。


こうした慣習を作ってきたのは我われ国民の側にもある。国民自身も反省しつつ、議員には常に謙虚さを保ちながら、行政当局が提起する案をしっかり吟味し、長期的視野に立った活動をしていただくことを望みたい。
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by yongenso | 2012-04-18 11:36 | 四元重美ブログ

“モノ”ではなく“コト”に生きる

先日、地元のFMラジオに出演させていただきました。想い出の一品を持参し、それにまつわるお話しをするというコーナーです。時間にして15分ぐらい、でもさすがプロの話し手ですね。私の想い出話などをどんどん引き出してくれ大変盛り上がり、あっという間に時間が過ぎて行きました。

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私は、昔々、その昔、あるナイトクラブで歌っていた頃の写真と楽譜を持参しました。その頃作った舞台衣装は赤のラメ入りジャケット、クリーム色のパンタロン(ラッパズボンとも言う。今どきこれを知らない人が多いでしょうが…)に蝶ネクタイという出で立ちです。

しかし、残念ながらこの衣裳はほろ苦い青春時代の思い出と共に焼却してしまったのです。それでかろうじて写真が一枚だけ残っていました。(その写真を恥ずかしながら公開します。)

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つくづく衣裳も残しておけばよかったなと反省しましたが、でも写真が一枚残ってくれていてラッキーでした。写真や手紙などその時は何気なく保存したものも時間という空間を経てみると『素晴らしい財産』だということに気づきます。


先の大震災で、亡くなった家族との写真を必死に探しているシーンに何度となく出くわしました。家族にとって大切なものは“モノ”ではなく“コト,想い出”であることをその時ほど痛感させられたことはありません。


私は今、ある経営者団体の広報誌で写真撮影を担当していますが、今更ながら写真の威力を実感しその魅力にはまっています。動画もいいのですがスナップ写真もいい…。

光は自然光がいいか、ストロボがいいか、光はどの方角からの方が魅力的に見えるか、スピードは?露出は?など多面的にあれこれ考えてシャッターを切る。私の腕などプロから見れば幼稚極まりないと思うのですが、しかし、出来上がった写真を見てそれなりの出来栄えだったときなど思わずほくそ笑んでしまいます。

私なりに言い表すと

良い写真は相手から語りかけてくる
のです。私が親しくしているカメラマンからいつも聞かされる言葉に、

写真にはその人の人格がにじみ出る

というのがあります。そう言えば「40歳を超えたら自分の顔に責任を持て!」というのもありました。良い表情は穏やかな心からきっと出てくるのでしょう。

そういう意味からも写真だけでなく、一つひとつの何げないシーン、出来事に気を込めて接し心を高め磨いていきたいと改めて思うことでした。
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by yongenso | 2011-12-26 17:25 | 四元重美ブログ

企業の見本市に出展

私が所属している中小企業経営者団体主催の企業見本市が行われ、私が活動している「マンガプロジェクト」でも出展しました。約30社の出展でしたが、過去のどの見本市よりもにぎわっていたように思います。

というのも、今回の見本市は“東北復興支援”というテーマがあったからです。何事もそうですが、誰かの為に!という目標があればあるほど人間燃えるものがあります。自分の為ではなく、純粋に誰かの役に立てれば!と思えた瞬間、「第二」「第三」の力が発揮できるもののようです。

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今回は、地元の女子高校書道ガールズによる「絆」文字のパフォーマンスやマグロ解体ショーなど演出を凝らし、多くの方々に楽しんで頂けるように企画されました。そのせいか、これまでのどの見本市よりも盛り上がっていました。

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イベントの肝として、


“面白い、わかりやすい、なじみやすい”


といった視点が重要です。お陰でNHKテレビをはじめ2社のニュースに登場しました。

この成功の裏には、実行委員会のメンバーに結構ノリのいい人たちが加わっていたこと、司会者のリードが巧みだったこと、それに何より実行委員長の献身的な働き、事務局のサポートなどいろんな要素が複合的に発揮されたのだろうと思います。


さて、私たちマンガプロジェクトのコーナー、今回は5人の漫画家さんが来てくれて華やかなムードが漂いました。

みなそれぞれに作品を持ち寄り展示、販売をしましたが、何しろ初めての経験ゆえどのようにディスプレイすればよいのか、ポストカードなどの作品にいくら価格を付ければよいのか、など全くの手探り状態でした。でも、彼女たちの懸命の演出により何とか様になっていたように思います。

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今回の見本市を通じて、


“経験を通じて人は成長する”

ということを強く実感しました。他のブースをいろいろ眺めてみますと、立体的な展示や季節感を醸し出したディスプレイ、大きな張りのある声による呼び込み、販売員自体のパフォーマンスなど参考になる点がかなりありました。メンバーも大いに刺激になったようですし、次回の糧にしたいと思います。

また、今後はこのマンガプロジェクトと医療・福祉のコラボレーションを考えていきたいと思っています。漫画を通じてお年寄りのリハビリや意欲の形成などに役立てられないだろうか、というビジョンです。皆さんにご紹介できる日を楽しみにしております。

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by yongenso | 2011-10-22 19:05 | 四元重美ブログ

ラジオに出演しました。

先日知人の紹介で、ラジオ(FMさつま)に出演させていただきました。これまでもテレビや新聞に出させていただいたことはあったのですが、生放送ともなればなかなか機会がありませんでした。

この番組は、「笑っていいとも!」の薩摩バージョンみたいなもので、リレー形式で友達を紹介するというものです。ただ、少し異なるのはゲストが二人いるというものです。しかも、その二人はまったくの初対面。この二人とパーソナリティの3人によるトーク番組です。

さて、今回私がお会いしたのは「県下一周駅伝」の鹿児島チームの監督さん。

鹿児島チームと言えば、去年、今年と2連覇したチームです。昨年の高校駅伝で初優勝した鹿児島実業の選手も3名ほど含まれたチーム。来年2月の大会に向けて、もう走り出しているそうです。

この監督さんは、かの瀬古利彦選手(ロサンゼルスオリンピック代表)と一緒に福岡国際マラソンを走り、2時間19分台の記録を持っていらっしゃることもお聞きしました。


どんな方とご一緒するのかなあ~と不安の入り混じった3人のトークでしたが、さほど緊張もせず、楽しいひと時を過ごさせていただきました。

また、奇遇なことに鹿児島チームに私の女房の遠戚にあたる選手が一人含まれていたことも話の盛り上がるきっかけとなりました。

さて、番組の中で、私が医療界で目指していること、実現したい夢などもたっぷり話させていただきましたが、こうして出来るだけ多くの方に、自分の活動を知ってもらうためのアピールも実行していければと思います。

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by yongenso | 2011-06-09 10:51 | 四元重美ブログ

想定外と想定内

「東日本大地震」、ちょうど昨日一ヶ月という節目の日を迎えました。一ヶ月を経過したというのにその被害の全容が分からず、しかも、また余震で何人かの命が奪われてしまいました。この一連の出来事を見て自然とは何と非情なんだろうと思わずにはいられません。

また、深刻な問題となっているのが「原発事故」。とうとうレベル7という最悪の設定がなされたようです。「絶対に壊れることはない」、「日本の原発は世界一安心」と謳っていただけにこのショックは計りしれません。早く終息して欲しいと願うばかりです。


ここ鹿児島でも原発の基地が存在するだけに他人事ではありません。

「ここだけは大丈夫」

なんていう言葉が通用しないことがハッキリわかりました。だからこそ我われが次にするべきは、

「ひょっとしたら災害に遭うかもしれない」

そう考えて事前の対策、もし被害にあった場合はどのような手を打つか綿密な綿密なシミュレーションをしておくことが大事なように思います。

さて、今回の災害を通じてよく出てきた言葉が


想定外

という言葉です。

「今度の地震はまったくの想定外の大きさでした」

「あんな津波が来るなんて想定外でした」

「原発の設備が壊れるなんて想定外でした」

私は、この想定外の大きさだったという言葉からは自然そのものに原因を求めている、ある意味責任放棄のような気がしてなりません。


そもそもこの想定外、想定内という言葉、誰が決めたのでしょう。これは『どこか』の『誰か』が決めたのです。自然が決めたわけではない。学者や企業の研究者、自治体の防災担当者、あるいは首長、あるいは政治家の中の誰かが「これぐらいだろう」と決めたのです。

「想定外」は「想定内」

これを私たちは肝に銘ずるべきかもしれません。

「想定外なことが起こりうることを常に想定してすべてを設計する」

つまり、避難訓練を徹底し住民同士情報を共有しておく、防災に強い街づくりを設計しておく、これは50年100年設計といってもいい壮大なプランです。ぜひこの災害対策を他人事ではなく、自分事として捉え予防を図っていきたいものです。

また、今回の災害で命を落とされた方の冥福をお祈りすると同時に、いち早い復興を願うばかりです。そして私自身が出来ること、些細なことでいいから被災地の方を支援したいと思います。

合 掌
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by yongenso | 2011-04-12 13:36 | 四元重美ブログ

いのちの理由

東日本大震災、未曽有の被害は拡大の一途をたどり、いったいどこまで拡がるのか、そして日本は立ち直れるのか、そんな不安さえ感じさせる出来事です。

いや、日本はあの太平洋戦争の惨禍の後、奇跡的に復活し現在の繁栄を築きました。良い意味で捉えれば日本国民全体に突きつけられた試練のように思います。

今回の地震で命を落とした方はわかっているだけで1万人近く、その中には1歳の子供から90歳代のお年寄りまで様々です。わずか1歳で亡くなって行った子供たちの生まれてきた訳、命の訳とは何でしょう。


何らかの役割をもってこの世に生を受けたはず。そう考えたときにふと先日の義兄の葬儀を思い出しました。私の義兄(長兄)は83歳でした。まあ、普通に考えれば大往生とは言わずともそれなりの人生だったなと誰もが思ったはずです。

私自身も義兄は幸せだったんじゃないかとさえ、その時点では思っていました。ところが、斎場から流れてきた曲に私は魂を揺さぶられたのです。その曲とは

さだまさしの

「いのちの理由」
――――――――――――――――――――――

私が生まれてきた訳は父と母に出会うため

私が生まれてきた訳は兄弟(姉妹)たちに出会うため

私が生まれてきた訳は友達みんなに出会うため

私が生まれてきた訳は愛しいあなたに出会うため

春来れば 花自ずから咲くように

秋来れば 葉は自ずから散るように

しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ

悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように

――――――――――――――――――――――
私はそれまで涙をこらえていたのですが、この曲が流れた途端もう涙が止まりませんでした。
果たして兄が生まれてきた理由は何だったのか、この世に何をしに生まれてきたのか…
その思いが私の心の中を駆け巡ったのです。

ひるがえって、今回、大地震で命を落とした方々の生まれてきた理由。これをどこに見い出せばいいのか、正直わかりません。


あえて見つけるなら、これまでの私たち日本人の生き方を見直し、本当に人間らしく、誰かのために尽くせる人間になって欲しいという願いを自らの命と引き換えに私たちに教えてくれる役割、それぐらいしか思い当たりません。

日本人がこれまで営々と築いてきた

隣人を思いやる心、自らの命を捨ててまで人を救う心、すなわち

「武士道精神」

です。私は日本人が世界に誇るべきこの精神を今一度呼び起こすべく行動していきたいと思います。

今、生かされているこの命に 感謝合掌
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by yongenso | 2011-03-23 17:20 | 四元重美ブログ

平凡×平凡×平凡=非凡

今日は私の所属する経営者の会で、昨年暮れの全国高校駅伝で初優勝した鹿児島実業高校陸上部、上岡貞則監督の講演を聞く機会がありました。今注目の人物だけに約200人の聴衆が集まりました。

訥々とした語り口ながらその一言一言が心に染み入る、実に深い話でした。ひとつの物事を成し遂げた人・実践者ならではの多くの示唆があり涙なしでは聞けない話でした。

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今度の優勝は史上初の快挙といってもいいような価値ある優勝です。過去多くの優勝チームがアフリカからの留学生や他県の有望選手を集めて勝った優勝、つまり借り物だったのです。しかし、今度は純粋に鹿児島出身者だけのチームです。それだけに価値あるものだと言えます。


今日の講話から人を育てることの基本を学んだように思います。高校生を育てるということと、社員を育てることとは同義語です。年齢が異なるだけで同じ人間なのだということを実感させられました。

私たちは、大きなことを成し遂げたその裏にはどうやって記録を伸ばしたのか、どんな鍛錬、どんな指導をやったのかといった物理的なことを考えがちです。しかし、上岡監督が優勝を成し遂げた秘訣として挙げられたのは


「特別なことは何もしていない、ただ基本に忠実だっただけですよ」

という、いささか拍子抜けするような切り出し方でした。しかし、その基本が何より大事だということを後々私たちは知らされるのです。上岡監督がそして何よりも強調されたのが


「心のあり方」

ということでした。つまり、選手の日常生活のあり方に伸びるか伸びないかの分岐点があるというのです。

「呼ばれたら返事をする」
「大きな声であいさつする」
「あいさつする際は立ち止まる」
「履物を揃える」

こうした、日常生活のごくありふれた当たり前の行いで伸びるかどうかが分かるというのです。

よく“チームワークの勝利”という事が言われます。しかし、そのチームワークとは何か?やはり


「心が揃う」

ということに他ならないと思います。心が揃っているかどうかは寮生活、合宿生活を送っている選手たちの日々の行いに現れます。1年365日、1日の休みもなく朝5時起床して練習をするのだそうですが、それが寸分の狂いもなくビシッと揃う。これこそが強いチームのチームワークではないでしょうか。

また、上岡監督は心を育てるに加え「食を育てる」ことの大切さも説かれました。好き嫌いをする選手は記録が伸びない、好き嫌いは人間関係そのものです。

駅伝は人なり、経営も人なり、国家も人なり。

あくまでも基本(平凡なこと)を忠実にコツコツ積み上げること以外に非凡の道はないのです。
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by yongenso | 2011-03-04 14:52 | 四元重美ブログ

危機を逆手に取る!

今、鹿児島は3月12日の九州新幹線全線開業に向け大きな盛り上がりを見せております。しかし、そこに冷水を浴びせそうなのが「霧島連山・新燃岳」と「桜島」の噴火。

実際、霧島温泉では今回の噴火の影響で何と20,000人のキャンセルが出てしまいました。しかし、鹿児島市、桜島近郊においてはそのような影響は出ておりません。霧島も桜島も噴火警戒レベルは同じ「3」であるにもかかわらずです。


霧島の観光協会の方が言っていました。「霧島の温泉郷は、新燃岳より相当距離が離れており噴火の影響はほとんどない」と。それにもかかわらずキャンセルが後を絶たない。何故なんでしょう?私はこれを


『人間は情報の一側面で判断しがちな生き物である』

と関連しているように感じます。人間はある情報がもたらされるとそれは一部分に過ぎないのに、あたかもそれが全部であるかのように錯覚してしまうクセがあります。そんな事例は過去数多くありました。


古くなりますが、石油ショック時のトイレットペーパー騒動。これは若い方はほとんどご存知ないと思いますが、石油不足に端を発し街のお店からトイレットペーパーがこつ然と姿を消したのです。それはトイレットペーパーが無くなるのではないかという噂からみんなが買い占めに走ったのです。

でも、実態はメーカーの価格吊り上げのための策略だったのです。当時、石油製品で品不足になったものはほとんどありませんでした。それがトイレットペーパーだけが無くなるなんて後からよくよく考えてみるとおかしいことなんですね。

トイレットペーパーにしろ、宿泊のキャンセルにしろ、これにはマスメディアが大きく影響しています。

連日噴火、爆発の様子が流され、灰まみれで掃除に明け暮れる住民の姿、売り物にならなくなってしまった農作物、土石流が押し寄せてくる危険性を語る学者、そうしたニュースを毎日毎日見ていると、霧島全体が危ないのではないかと錯覚してしまうのです。これこそ片面しか見えないという人間のクセが端緒に現れています。

温泉協会の方がいみじくもメディアに対して語っていました。


「安全である霧島の姿も公平に報道してくれ」


と。しかし、これは土台無理な相談です。メディアとは


特殊性をクローズアップするのが仕事

ですから、被害の現状や悲惨さを中心に伝えるのが使命といってもいいでしょう。とすればどうするか?


被害のない安全な街をあえて演出する

以外にないのです。「霧島の元気な面」をマスコミがこぞって取り上げたくなるような面白い、ユニーク、インパクトのある話題を提供するのです。例えば、


・霧島、桜島ともに噴火警戒レベルは同じ3である。そこで同じ3同士で連合艦隊ならぬ連合観隊(観光誘致隊)を結成し首都圏などにPRする。その際の隊長、総司令官は少年ヒーローもののキャラクターにする

・平城遷都1300年祭の向こうを張って「平常泉都(or平常銭湯)1300メートル」を宣言。霧島山の高さを1300メートルに設定し、平常通り営業していますのメッセージを込める

など、マスコミが面白がって取り上げてくれるような話題を提供することです。そうする以外にマスコミがニュースに取り上げてくれることはありません。いくら声高に
別の側面を取り上げてくれと言っても無理なのです。


我われが出来ることは

「一面だけでなく二面性、多面性を見る」

と同時に


危機を逆手にとった発想

以外にありません。
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by yongenso | 2011-02-17 21:20 | 四元重美ブログ

マスメディア活用処方箋

先日、私が所属している経営者団体主催で、マスコミ関係者(報道局長、編集局長クラス)との懇談会が開かれました。マスコミとどう良好な関係を構築していくか?についてはいずこの企業・団体も腐心しているようです。

ひとたび、マスコミ報道されるとその影響力は大きいだけに、これは至極当然のことなのです。しかし、それが本末転倒になってはいけないことも大事なことです。

あるマスコミ人との会話の中で、


『マスコミ受けすることばかり狙って、自らの目的、本分を忘れては何にもなりませんよ…』


という一言が私の中で特に印象に残っています。時として、「どうやったらマスコミに載るか?」ばっかりに気持ちがいって、本来の目的が忘れ去られてしまっているケースもあるようです。

医療機関はこれまでマスコミとの接触機会が少なかっただけに、どれほどマスコミ掲載の威力があるのか実感が湧かない方もいらっしゃることと思います。しかし、マスコミに掲載されれば

・知名度が上がると同時にイメージアップにもつながる
・スタッフの士気向上につながる
・他の媒体へ波及し、その効果が長続きする


といった効果が見込まれます。それだけに、一般企業の経営者たちは「マスコミに掲載」されることに血眼になる人もいるのです。しかし、このマスコミ人の一言は滲みました。


本当に私たちが世の中、お客様のために役立つことを追求し続けていけば、マスコミはもちろん周りが放っておかない!そんなことを教えられたのです。

話は変わりますが、私は、情報化が進展し、人間関係も複雑化していく今の世の中で生き抜くためのキーワードとして、


“面白い”


を挙げています。言い方を変えれば

“ユーモア”

です。情報伝達そのものが速く複雑になり社会からゆとりが奪われているように思います。その反動からか、うつ病患者の増加、子育てストレスが嵩じての育児放棄、虐待、あるいは家庭内での暴力事件など社会を取り巻く環境がどことなくぎすぎすしています。

そんなところから私はこれからのビジネスにおいて『面白い』がキーワードになって来るように思います。

「医療のようなシビアな世界に“面白い”など適さない」

という反論ももちろんあろうかと思います。確かにその通りです。ですから患者さんに相対するシビアな場面ではシリアスであっていいのですが、何か社内で取り組む時、新たなチャレンジをするとき、新しい発想を要する時などはしかめっ面でウンウン唸ってみたところで出てくるわけがありません。

こういう時こそリラックスした状態で面白いを追求していけば新しい世界が開けてくると思います。

そういう新しい取り組みには、社会はもちろんマスコミだって放ってはおかないはずです。
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by yongenso | 2010-09-15 07:51 | 四元重美ブログ