IE9ピン留め
“モノ”ではなく“コト”に生きる
先日、地元のFMラジオに出演させていただきました。想い出の一品を持参し、それにまつわるお話しをするというコーナーです。時間にして15分ぐらい、でもさすがプロの話し手ですね。私の想い出話などをどんどん引き出してくれ大変盛り上がり、あっという間に時間が過ぎて行きました。



私は、昔々、その昔、あるナイトクラブで歌っていた頃の写真と楽譜を持参しました。その頃作った舞台衣装は赤のラメ入りジャケット、クリーム色のパンタロン(ラッパズボンとも言う。今どきこれを知らない人が多いでしょうが…)に蝶ネクタイという出で立ちです。

しかし、残念ながらこの衣裳はほろ苦い青春時代の思い出と共に焼却してしまったのです。それでかろうじて写真が一枚だけ残っていました。(その写真を恥ずかしながら公開します。)



つくづく衣裳も残しておけばよかったなと反省しましたが、でも写真が一枚残ってくれていてラッキーでした。写真や手紙などその時は何気なく保存したものも時間という空間を経てみると『素晴らしい財産』だということに気づきます。


先の大震災で、亡くなった家族との写真を必死に探しているシーンに何度となく出くわしました。家族にとって大切なものは“モノ”ではなく“コト,想い出”であることをその時ほど痛感させられたことはありません。


私は今、ある経営者団体の広報誌で写真撮影を担当していますが、今更ながら写真の威力を実感しその魅力にはまっています。動画もいいのですがスナップ写真もいい…。

光は自然光がいいか、ストロボがいいか、光はどの方角からの方が魅力的に見えるか、スピードは?露出は?など多面的にあれこれ考えてシャッターを切る。私の腕などプロから見れば幼稚極まりないと思うのですが、しかし、出来上がった写真を見てそれなりの出来栄えだったときなど思わずほくそ笑んでしまいます。

私なりに言い表すと

良い写真は相手から語りかけてくる
のです。私が親しくしているカメラマンからいつも聞かされる言葉に、

写真にはその人の人格がにじみ出る

というのがあります。そう言えば「40歳を超えたら自分の顔に責任を持て!」というのもありました。良い表情は穏やかな心からきっと出てくるのでしょう。

そういう意味からも写真だけでなく、一つひとつの何げないシーン、出来事に気を込めて接し心を高め磨いていきたいと改めて思うことでした。
# by yongenso | 2011-12-26 17:25 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(1)
医療の特殊性それとも…
先日、弊社で管理を行っている医療機関のホームページの件で打ち合わせに行ってきました。スタッフ紹介のページを更新するためです。今回はスタッフの笑顔写真の集合体を掲載しようと考えたのです。

その理由は、病気を抱えて不安な毎日を過ごしている患者さんがこのホームページをごらんになったとき、安心できるというイメージを与えたかったからです。

特に初めて訪れる患者さんは「どんな病院なの?」と不安に思っておられることが多いためそれを解消したかったのです。(特にこの病院さんの場合は情緒不安定になりがちな疾患を抱えた患者さんが多い。)

そこで、ホームページを訪れた瞬間

「あ、何かこの病院良さそう!」

「優しそうなスタッフが多そう!」


と感じていただきたかったのです。人が病院を選ぶ時技術や実績を重視しますが、特段の病気でもない限りイメージで選ぶ傾向も強くなっています。そこを私は狙ったわけです。

しかし、予期せぬことが起こりました。ある部門のスタッフのほぼ全員が写真撮影を拒否したのです。

「これって個人情報じゃないですか…」

「写真は苦手なので…」

「こういうアングルの写真とは思わなかった…」

「恥ずかしい…」

など様々な理由からです。顔写真と名前が一致するような表示にはしない、お客様の立場で考え直して欲しい…、と説得を試みたのですが、結局了解いただけませんでした。

このことは、病院の方針として事前に伝えていました。(服務規程違反かどうかはわかりません。)しかし、いずれにしても女性の心理を良く理解できず納得いただけなかったことに悔いが残りました。

さて、今回の出来事を通じて医療と一般企業との違いについて改めて考えてみます。医療界には


「医療は営利を追求してはいけない」


という不文律があります。これは厳然と医師法に謳ってあります。では、一切現実に医療機関は営利を得ていないかというと決してそんなことはありません。昔は、高額所得者の上位にいつも医師や医療法人がランクされていました。どこか矛盾しているようでもありますが、これが医療スタッフ、特に専門職の方々の心の根底にあるように思います。

ですからスタッフは患者さん自体には向きあっていても、組織を維持する、必要利益を確保するといった組織特有の論理には若干疎い…。そんな気がします。ですから、上司の命令といえども素直に聞けなかったのでしょう。


また、医療界の人手不足も一因かもしれません。医療機関は法律で厳密にスタッフ数の確保が義務付けられています。このスタッフ数を割り込むと厳罰が下ります。だから、あまり強くモノが言えない。これが企業だとしたら、「方針を理解してもらえないのならとっとと辞めてもらって結構」となるのですが、そうもいかないのが現実です。

今回、医療の世界と一般企業の世界の違いを感じたことも事実です。しかし、私は敢えてこれを医療界の特殊性で片付けないことにしました。

それは同院において


かねての職員間のコミュニケーションはどうだったのか?

ということです。常に理念が共有でき、互いの想いを交換できていればもうちょっと違った展開になったかもしれません。

「なぜ、ホームページにスタッフ紹介が必要なのか?」

「なぜ、笑顔の写真が入っていた方がいいのか?」

このことを事前にすり合わせして「写ってもいいかな」という雰囲気づくりをしておかなければならなかったのかもしれません。トップの想いを素直に聞け、かつ反対意見も言える。そんな社風をかねてよりつくる努力が欠かせないと痛感しました。

私自身、そのことを痛く反省し、次回そのようなアドバイスまでできるようスキルアップしていこうと誓うことでした。
# by yongenso | 2011-10-30 12:04 | 医業PRのヒント | Trackback | Comments(0)
企業の見本市に出展
私が所属している中小企業経営者団体主催の企業見本市が行われ、私が活動している「マンガプロジェクト」でも出展しました。約30社の出展でしたが、過去のどの見本市よりもにぎわっていたように思います。

というのも、今回の見本市は“東北復興支援”というテーマがあったからです。何事もそうですが、誰かの為に!という目標があればあるほど人間燃えるものがあります。自分の為ではなく、純粋に誰かの役に立てれば!と思えた瞬間、「第二」「第三」の力が発揮できるもののようです。



今回は、地元の女子高校書道ガールズによる「絆」文字のパフォーマンスやマグロ解体ショーなど演出を凝らし、多くの方々に楽しんで頂けるように企画されました。そのせいか、これまでのどの見本市よりも盛り上がっていました。




イベントの肝として、


“面白い、わかりやすい、なじみやすい”


といった視点が重要です。お陰でNHKテレビをはじめ2社のニュースに登場しました。

この成功の裏には、実行委員会のメンバーに結構ノリのいい人たちが加わっていたこと、司会者のリードが巧みだったこと、それに何より実行委員長の献身的な働き、事務局のサポートなどいろんな要素が複合的に発揮されたのだろうと思います。


さて、私たちマンガプロジェクトのコーナー、今回は5人の漫画家さんが来てくれて華やかなムードが漂いました。

みなそれぞれに作品を持ち寄り展示、販売をしましたが、何しろ初めての経験ゆえどのようにディスプレイすればよいのか、ポストカードなどの作品にいくら価格を付ければよいのか、など全くの手探り状態でした。でも、彼女たちの懸命の演出により何とか様になっていたように思います。




今回の見本市を通じて、


“経験を通じて人は成長する”

ということを強く実感しました。他のブースをいろいろ眺めてみますと、立体的な展示や季節感を醸し出したディスプレイ、大きな張りのある声による呼び込み、販売員自体のパフォーマンスなど参考になる点がかなりありました。メンバーも大いに刺激になったようですし、次回の糧にしたいと思います。

また、今後はこのマンガプロジェクトと医療・福祉のコラボレーションを考えていきたいと思っています。漫画を通じてお年寄りのリハビリや意欲の形成などに役立てられないだろうか、というビジョンです。皆さんにご紹介できる日を楽しみにしております。

# by yongenso | 2011-10-22 19:05 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(0)
患者の立場凝視症候群
人間というのは元来保守的な動物だと思います。出来れば面倒くさいことはしたくない。新しいことに取り組むとなればエネルギーも必要だし、まあ今のままでうまく行っていればそれでいい…。そう考えがちです。

そしてやがて世の中が大きく変化した時に慌てて変化を果たそうとする。しかし、時すでに遅し。世の中は大きく変わってまさに恐竜と同じ運命をたどってしまうことになるのです。

これはある面、致し方のないことかもしれません。人間は高尚な心(精神)を持ってはいますが、同時に肉体というものを持っている。この肉体は


本能として自分を守ろうとする習性


があります。だから新しいことにチャレンジする場合不安な面が大きく感じられ、つい一歩の踏み出しが遅れてしまうのです。

では、どうやったらその習性から抜け出せるのか?これはひとえに


世間を凝視してみる


に尽きるのではないでしょうか。あちこち見て回る、人の話を聞く、そのことによって新しい刺激を受け、そこに危機感を感じ取って動く。そうだと思いました。


実は、先日からある整形外科クリニックに通っています。私はここ1年ほど太もも裏の張りが取れず悩んでおりました。病院や鍼灸治療院、カイロプラクティックなどに通い続けましたがなかなか好転せず悶々としておりました。

そこである知人がこのクリニックを紹介してくれたのです。お陰でまだ20日間しか経っていないのですが、驚くべき成果が表れています。その効果のほどはまた触れるとして、今日はこのクリニックの患者視点の取り組みについていろいろ述べてみたいと思います。


このクリニックの患者さんの多さにまず目を見張りました。リハビリ室はいつ何時行っても常にごった返しています。この人気の高さは治療の成果が早く出るということもあるでしょうが、患者の視点で運営されていることがまず見逃せないでしょう。


1)親しみやすさの演出
まず、ドクターをはじめスタッフの応対が洗練されている印象を強く持ちます。また、院内いたるところにスタッフの似顔絵が貼り出されています。これでグッと親しみやすくなります。例えばサーフィンが好きなスタッフならば波乗りしてる似顔絵になっているのです。海好きの人ならこれだけで話が盛り上がりそうです。

2)花火大会の見物会場としてリハビリ室を提供
鹿児島市で毎年夏の終わりに開催される大きな花火大会があります。その会場からこのクリニックはほど近い場所にあり、花火見物に絶好のロケーションです。そこでこのリハビリ室を開放するというのです。スタッフは当然勤務時間外ですが協力的です。残念ながら予約であっという間に200席埋まったそうですが…

3)いい意味の競争環境
ここのリハビリ室の運営の仕組みがすぐれていることに気づきました。もともと医療機関と言えば大体ドクターが中心にいて、その周りに理学療法士や看護師、事務職員がいるという構図でした。

しかし、ここはすべてが平等、パラレルというかむしろ理学療法士が中心に回っているような印象さえ受けます。その一つが理学療法士の選択制です。

患者は自由に理学療法士を指名できるのです。パブスナックじゃあるまいし医療機関に競争原理を持ち込むなんてと思う向きもあるかもしれませんが、これがスマートな形でスタッフ間の競争意識を高めている訳です。自分に指名がなかったら「どこをどうすれば指名が来るのだろう」と日々の努力につながるはずです。それが結果として患者さんにとってもいい。実にいい仕組みです。

4)NPO法人による社会貢献活動それと特筆すべきこととして、このクリニックでは身体の痛みに対する運動療法の普及などを目的としてNPO法人を運営しています。町内会などの各種団体に対してスタッフを中心に派遣して地域貢献を行っています。

いずれにしても、他社には見られない様々な活動ですが、あくまでも患者、地域にどうやって貢献していくかという視点で考えられていることが好感をよんでいるのではないかと思います。
# by yongenso | 2011-08-21 15:19 | 医業PRのヒント | Trackback | Comments(0)
伝え方劇的向上剤
6回シリーズの演劇の勉強会が昨日終了しました。私自身、演劇は初めての経験で不安と楽しみとが交錯しながらも実りの多い勉強会でした。

私が演劇に興味を持ったのは、講演のスタイルに幅を持たせたかったからです。人に物事が伝わるかどうかについては3つのポイントがあります。

1.おもしろい
2.わかりやすい
3.表現力豊か


の3つです。この3つの中で「表現力豊か」な部分にスタイルは該当しますが、せっかく良い話でもその伝え方が単調、平凡であったならばなかなか伝わりません。もちろん、素材としての内容や話す順序がちぐはぐだとパフォーマンス倒れになってしまいますが、いずれにしてもこの表現力の部分はしっかり磨いておいた方がいいとの想いから演劇を学ぶことにしました。

わずか6回の勉強会ですから、どれほどのことを学べたか疑問ではありますが、演劇の奥深さの一端は垣間見えたような気がします。

演劇の魅力は、その台詞だけではなく、どのような目配り、表情、パフォーマンスをしたら伝わりやすいかにあります。同じ仕草でも声のトーンや強弱、ボディーランゲージ次第で全然異なったものに見えてくるのです。また、まったくちがう人を演じることによって、日々の生活の中に幅が出てくるようなそんな感じもしました。

今回学んだ生徒さんはほとんどが女性で成人男子は私一人でした。生徒さんの中には演劇を経験した方も含まれていましたが、大半はそうではありません。しかし、わずか6回しか学んでいないのに最後の作品発表会では迫真の演技を披露し、私自身グッとこみあげるものがありました。

我われは常に誰かに物事を伝える環境に身を置かれています。それはどんな立場の人にあってもです。医療現場では患者さんに伝える、家族に伝える、職員に伝える、業者に伝える…などです。

医療ミスが起こる原因の一つにコミュニケーション不足が指摘されています。正しく伝わっていたならば防げたであろう事例も多いと思います。今こそもう一度正しく伝える、そして相手にこちらの望むような行動を能動的に取ってもらうためにコミュニケーション力をアップするための工夫をしていきたいものです。
# by yongenso | 2011-07-11 19:55 | 医業PRのヒント | Trackback | Comments(0)
ラジオに出演しました。
先日知人の紹介で、ラジオ(FMさつま)に出演させていただきました。これまでもテレビや新聞に出させていただいたことはあったのですが、生放送ともなればなかなか機会がありませんでした。

この番組は、「笑っていいとも!」の薩摩バージョンみたいなもので、リレー形式で友達を紹介するというものです。ただ、少し異なるのはゲストが二人いるというものです。しかも、その二人はまったくの初対面。この二人とパーソナリティの3人によるトーク番組です。

さて、今回私がお会いしたのは「県下一周駅伝」の鹿児島チームの監督さん。

鹿児島チームと言えば、去年、今年と2連覇したチームです。昨年の高校駅伝で初優勝した鹿児島実業の選手も3名ほど含まれたチーム。来年2月の大会に向けて、もう走り出しているそうです。

この監督さんは、かの瀬古利彦選手(ロサンゼルスオリンピック代表)と一緒に福岡国際マラソンを走り、2時間19分台の記録を持っていらっしゃることもお聞きしました。


どんな方とご一緒するのかなあ~と不安の入り混じった3人のトークでしたが、さほど緊張もせず、楽しいひと時を過ごさせていただきました。

また、奇遇なことに鹿児島チームに私の女房の遠戚にあたる選手が一人含まれていたことも話の盛り上がるきっかけとなりました。

さて、番組の中で、私が医療界で目指していること、実現したい夢などもたっぷり話させていただきましたが、こうして出来るだけ多くの方に、自分の活動を知ってもらうためのアピールも実行していければと思います。

# by yongenso | 2011-06-09 10:51 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(0)
想定外と想定内
「東日本大地震」、ちょうど昨日一ヶ月という節目の日を迎えました。一ヶ月を経過したというのにその被害の全容が分からず、しかも、また余震で何人かの命が奪われてしまいました。この一連の出来事を見て自然とは何と非情なんだろうと思わずにはいられません。

また、深刻な問題となっているのが「原発事故」。とうとうレベル7という最悪の設定がなされたようです。「絶対に壊れることはない」、「日本の原発は世界一安心」と謳っていただけにこのショックは計りしれません。早く終息して欲しいと願うばかりです。


ここ鹿児島でも原発の基地が存在するだけに他人事ではありません。

「ここだけは大丈夫」

なんていう言葉が通用しないことがハッキリわかりました。だからこそ我われが次にするべきは、

「ひょっとしたら災害に遭うかもしれない」

そう考えて事前の対策、もし被害にあった場合はどのような手を打つか綿密な綿密なシミュレーションをしておくことが大事なように思います。

さて、今回の災害を通じてよく出てきた言葉が


想定外

という言葉です。

「今度の地震はまったくの想定外の大きさでした」

「あんな津波が来るなんて想定外でした」

「原発の設備が壊れるなんて想定外でした」

私は、この想定外の大きさだったという言葉からは自然そのものに原因を求めている、ある意味責任放棄のような気がしてなりません。


そもそもこの想定外、想定内という言葉、誰が決めたのでしょう。これは『どこか』の『誰か』が決めたのです。自然が決めたわけではない。学者や企業の研究者、自治体の防災担当者、あるいは首長、あるいは政治家の中の誰かが「これぐらいだろう」と決めたのです。

「想定外」は「想定内」

これを私たちは肝に銘ずるべきかもしれません。

「想定外なことが起こりうることを常に想定してすべてを設計する」

つまり、避難訓練を徹底し住民同士情報を共有しておく、防災に強い街づくりを設計しておく、これは50年100年設計といってもいい壮大なプランです。ぜひこの災害対策を他人事ではなく、自分事として捉え予防を図っていきたいものです。

また、今回の災害で命を落とされた方の冥福をお祈りすると同時に、いち早い復興を願うばかりです。そして私自身が出来ること、些細なことでいいから被災地の方を支援したいと思います。

合 掌
# by yongenso | 2011-04-12 13:36 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(0)
いのちの理由
東日本大震災、未曽有の被害は拡大の一途をたどり、いったいどこまで拡がるのか、そして日本は立ち直れるのか、そんな不安さえ感じさせる出来事です。

いや、日本はあの太平洋戦争の惨禍の後、奇跡的に復活し現在の繁栄を築きました。良い意味で捉えれば日本国民全体に突きつけられた試練のように思います。

今回の地震で命を落とした方はわかっているだけで1万人近く、その中には1歳の子供から90歳代のお年寄りまで様々です。わずか1歳で亡くなって行った子供たちの生まれてきた訳、命の訳とは何でしょう。


何らかの役割をもってこの世に生を受けたはず。そう考えたときにふと先日の義兄の葬儀を思い出しました。私の義兄(長兄)は83歳でした。まあ、普通に考えれば大往生とは言わずともそれなりの人生だったなと誰もが思ったはずです。

私自身も義兄は幸せだったんじゃないかとさえ、その時点では思っていました。ところが、斎場から流れてきた曲に私は魂を揺さぶられたのです。その曲とは

さだまさしの

「いのちの理由」
――――――――――――――――――――――

私が生まれてきた訳は父と母に出会うため

私が生まれてきた訳は兄弟(姉妹)たちに出会うため

私が生まれてきた訳は友達みんなに出会うため

私が生まれてきた訳は愛しいあなたに出会うため

春来れば 花自ずから咲くように

秋来れば 葉は自ずから散るように

しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ

悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように

――――――――――――――――――――――
私はそれまで涙をこらえていたのですが、この曲が流れた途端もう涙が止まりませんでした。
果たして兄が生まれてきた理由は何だったのか、この世に何をしに生まれてきたのか…
その思いが私の心の中を駆け巡ったのです。

ひるがえって、今回、大地震で命を落とした方々の生まれてきた理由。これをどこに見い出せばいいのか、正直わかりません。


あえて見つけるなら、これまでの私たち日本人の生き方を見直し、本当に人間らしく、誰かのために尽くせる人間になって欲しいという願いを自らの命と引き換えに私たちに教えてくれる役割、それぐらいしか思い当たりません。

日本人がこれまで営々と築いてきた

隣人を思いやる心、自らの命を捨ててまで人を救う心、すなわち

「武士道精神」

です。私は日本人が世界に誇るべきこの精神を今一度呼び起こすべく行動していきたいと思います。

今、生かされているこの命に 感謝合掌
# by yongenso | 2011-03-23 17:20 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(0)
広報活動強固剤の投薬
先般、福岡の医療会計人団体主催の研修会に招かれ講演をさせていただきました。



テーマは

「医療機関のブランド&口コミ力向上大作戦」

およそ30名の方がご出席下さり、また熱心に耳を傾けていただき感謝いたします。これから広報のスキルがますます重要になる時代がやってきます。それは、



情報過多と信頼感の欠如

という現代ならではの事情があるからです。テレビや新聞、雑誌など限られていた情報源が今ではフリーペーパー、ホームページ、それにブログ、ツイッター、フェイスブックなどそのメディアの増加・進化たるやすさまじい勢いです。そのために情報の信頼感が著しく低下しているのです。


大量の情報が短時間に飛び込んでくると、取捨選択だけでも大変。 何をどう選べばいいのか、何が重要で何が重要でないのか、その判断基準が見えにくくなっています。だからこそ、自らのありのままの姿を等身大で開示する。これが大事です。その世間に公開することそのものが広報です。

広報とは、

Public Relations(公衆の理解と共感)

つまり地域住民をはじめ、自社に関わる人々の理解と共感を得ることです。もちろん、広告メッセージも大事であることは言うまでもありません。しかし、15秒、30秒という時間ではなかなか伝えきれない…。だからこそ広告と広報のコラボレーションが大事になってきます。


今回研修をさせていただいた後、参加者の皆さんのアンケートを拝見し、厳しい意見も頂戴しました。その中で特に私自身が感じたことが、もっともっと事例を重ねる。より多くの成功事例、実績を積み重ねることではないかということです。そうすることできっと私の話にさらに厚みが増すことと思います。

百聞は一見にしかず、百見は一動にしかず

常に一歩前進、常に昨日までの自分と今日の自分を比較し、実践を積み重ねていきたいと思います。
# by yongenso | 2011-03-16 10:17 | 医業PRのヒント | Trackback | Comments(0)
平凡×平凡×平凡=非凡
今日は私の所属する経営者の会で、昨年暮れの全国高校駅伝で初優勝した鹿児島実業高校陸上部、上岡貞則監督の講演を聞く機会がありました。今注目の人物だけに約200人の聴衆が集まりました。

訥々とした語り口ながらその一言一言が心に染み入る、実に深い話でした。ひとつの物事を成し遂げた人・実践者ならではの多くの示唆があり涙なしでは聞けない話でした。




今度の優勝は史上初の快挙といってもいいような価値ある優勝です。過去多くの優勝チームがアフリカからの留学生や他県の有望選手を集めて勝った優勝、つまり借り物だったのです。しかし、今度は純粋に鹿児島出身者だけのチームです。それだけに価値あるものだと言えます。


今日の講話から人を育てることの基本を学んだように思います。高校生を育てるということと、社員を育てることとは同義語です。年齢が異なるだけで同じ人間なのだということを実感させられました。

私たちは、大きなことを成し遂げたその裏にはどうやって記録を伸ばしたのか、どんな鍛錬、どんな指導をやったのかといった物理的なことを考えがちです。しかし、上岡監督が優勝を成し遂げた秘訣として挙げられたのは


「特別なことは何もしていない、ただ基本に忠実だっただけですよ」

という、いささか拍子抜けするような切り出し方でした。しかし、その基本が何より大事だということを後々私たちは知らされるのです。上岡監督がそして何よりも強調されたのが


「心のあり方」

ということでした。つまり、選手の日常生活のあり方に伸びるか伸びないかの分岐点があるというのです。

「呼ばれたら返事をする」
「大きな声であいさつする」
「あいさつする際は立ち止まる」
「履物を揃える」

こうした、日常生活のごくありふれた当たり前の行いで伸びるかどうかが分かるというのです。

よく“チームワークの勝利”という事が言われます。しかし、そのチームワークとは何か?やはり


「心が揃う」

ということに他ならないと思います。心が揃っているかどうかは寮生活、合宿生活を送っている選手たちの日々の行いに現れます。1年365日、1日の休みもなく朝5時起床して練習をするのだそうですが、それが寸分の狂いもなくビシッと揃う。これこそが強いチームのチームワークではないでしょうか。

また、上岡監督は心を育てるに加え「食を育てる」ことの大切さも説かれました。好き嫌いをする選手は記録が伸びない、好き嫌いは人間関係そのものです。

駅伝は人なり、経営も人なり、国家も人なり。

あくまでも基本(平凡なこと)を忠実にコツコツ積み上げること以外に非凡の道はないのです。
# by yongenso | 2011-03-04 14:52 | 四元重美ブログ | Trackback | Comments(0)


< 前のページ 次のページ >